【記事の要約】
本記事では、カイロプラクティックの臨床において最も重要となる「客観性」について解説します。施術者が「治そう」とする力みや結果への執着を手放し、ありのままの生体を観察することが、真の治癒を引き出す鍵です。日々の実践や自己観察を通じて培われる、プロセスへの没入と客観的な視点の重要性をお伝えします。
人間の体は、外からの「力」によって強制的に変えられるものではなく、内なる「調和」を取り戻すことで自然と癒やされていくものです。
私たちカイロプラクターは、日々臨床で患者さんの体と向き合う中で、無意識のうちにこの自然の法則に逆らってしまっていることがあります。それは、「治そう」という強い意志、すなわち「力(りきみ)」です。今回は、私たちが臨床現場で陥りがちな罠を紐解き、カイロプラクティックにおいてなぜ「客観性」がそれほどまでに重要なのかを考えてみたいと思います。
1. 臨床現場で結果を追い求めると、本質が見えなくなる
患者さんが痛みを訴えて来院されたとき、施術者として「この症状を取ってあげたい」「早く楽にしてあげたい」と思うのは自然なことです。しかし、カイロプラクティックの臨床において、ここに大きな落とし穴があります。
私たちが「症状の除去(=結果)」に躍起になっているとき、心はどのような状態でしょうか?「治らなかったらどうしよう」「なんとかして変化を出さなければ」という焦りやプレッシャー。これは、正常な精神状態ではありません。いわば「感情的な心の状態」です。
感情的であるということは、主観的であるということと同じです。主観のフィルターを通して患者さんを見ているとき、私たちは目の前の生体を「ありのままに観察」することができていません。客観性を失った状態では、本当に必要なアプローチが見えてこないのです。
2. 「焦り」というノイズを消し、カイロプラクターとしての客観性を取り戻す
カイロプラクティックの臨床において最も重要なのは、患者さんの体を徹底した「客観性」をもって観察することです。
どこにサブラクセーション(神経伝達の妨害)があるのか。身体の構造はどうなっているのか。それを冷静に見極めることで初めて、「今、何をすべきか」という最適解が見えてきます。
しかし、「結果」に意識が向いている感情的な心には、ノイズが混じります。「もっと強くアジャストした方がいいのではないか?」「別のテクニックを使うべきか?」そうした迷いや焦り(力み)は、指先を通じて患者さんの体に伝わり、かえって患者さんの防御反射を生んでしまいます。
心を静め、物理的・精神的な力みを手放すこと。私たちが結果への執着を手放し、静寂の中で「客観的な観察者」に戻ったとき、初めて治癒への正しい道筋が見えてくるのです。これは、毎日の静かな自己観察の修練にも通じるものがあります。
3. 結果への執着を手放し、「今、ここ」のプロセスに没入する
では、私たちは臨床において何に集中すべきなのでしょうか?それは「結果」ではなく、「治療のプロセス」そのものです。
アジャストメントを行うその一瞬、検査を行うその瞬間。そのプロセス一つひとつに、純粋な意識を向けること。「治るか治らないか(未来の結果)」を憂うのではなく、「今、ここで最善の手技を行えているか(現在のプロセス)」に全神経を集中させるのです。
プロセスが正しければ、結果は後から自然についてきます。これからカイロプラクターを目指す方々にもぜひ知っておいていただきたいのは、必要なのは自分自身の技術と、積み重ねてきたプロセスへの「信頼」だということです。
「自分は客観的な観察に基づき、最適なアジャストメントを行った」
その確信さえあれば、私たちは結果を恐れる必要がなくなります。自分自身を深く信頼しているからこそ、施術した直後に「どうだ?治ったか?」と結果に執着することなく、潔く手を離す(リリースする)ことができるのです。
プロセスに全神経を集中し、その流れに身をゆだねることができていれば、もはや結果への執着はなくなります。治療の結果に一喜一憂しなくなり、常に一定の精神状態で、ただ目の前の患者さんと客観的に向き合うことができるようになります。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。