こんにちは。徒手療法大学 学長の榊原直樹です。
当校で多くの学生を見ていると、カイロプラクターを志して入学したものの、道半ばで挫折してしまう人が少なからずいます。
辞めていく理由は千差万別ですが、その中でも特に私がもったいないと感じるのが、「自分にはカイロプラクターとしての才能がない」と自ら見切りをつけてしまうケースです。
勉強を開始して、ほんの数年。 たったそれだけの期間で、自分の可能性を閉ざしてしまう。
私自身、アメリカでドクター・オブ・カイロプラクティックのライセンスを取得し、臨床の現場に立ってからすでに30年弱が経過しています。
しかし、未だに自分が「カイロプラクターとして完成された」という実感はありません。 むしろ、毎日患者さんと向き合う中で「まだまだ伸びしろがある」「もっと進化できる」と感じているのです。
30年続けてもなお「道の途中」である私からすれば、たかだか数年学んだだけで「才能がない」と結論づけてしまうのは、非常に浅はかな判断に見えてしまいます。
「好き」は才能ではなく、続けた結果
世界的数学者である岡潔(おか きよし)氏の言葉は、まさに私が学生たちに伝えたいことそのものでした。
岡潔氏はこう言います。
「好きだからやるのではない。極端に(徹底的に)やるから好きになるのだ」
多くの人は、「自分に向いているから(才能があるから)好きになる」と考えがちです。しかし、順序は逆なのです。
最初は興味が薄かったとしても、あるいは苦手だと思っていたとしても、「極端に」――つまり、真剣に、徹底的に没頭して取り組むことで、初めてその対象を心から好きになれるのです。

カイロプラクティックも例外ではない
これはカイロプラクティックの習得においても全く同じことが言えます。
解剖学、生理学、そして高度なアジャストメントの技術。最初は学ぶべきことが膨大で、思い通りに手が動かず、難しさを感じることばかりでしょう。「自分には無理かもしれない」と壁にぶつかることも一度や二度ではないはずです。
しかし、岡潔氏が語るように、それはまだ「転換点」に達していないだけなのです。
浅い場所で穴を掘るのをやめてしまえば、水脈には当たりません。「水が出ない(面白くない・才能がない)」と嘆く前に、もう少しだけ深く、極端に掘り下げてみてほしいのです。

踏みとどまった先に広がる景色
何年、何十年と真剣に取り組み、壁を乗り越え続けた者だけが、カイロプラクティックの本当の面白さを発見できます。
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人体の構造がいかに精巧で美しいか。
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自分の手が患者さんの治癒力を引き出した時の感動。
そういった深い喜びは、中途半端な取り組みでは決して味わうことができません。 「極端に」取り組んでこそ、その奥深さが見えてくるのです。
今、壁にぶつかっている学生の皆さん、そしてカイロプラクターを目指そうか迷っている皆さん。
最初から「才能」なんてものを気にする必要はありません。 必要なのは、目の前の学びに「極端に」没頭してみる姿勢です。
踏みとどまり、深く掘り下げたその先に、あなたが一生をかけて愛することができるカイロプラクティックの世界が待っています。
私自身もまだその旅の途中です。ぜひ一緒に、この奥深い世界を極めていきましょう。
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この記事を書いた人

榊原直樹, DC, PhD
公認ドクター・オブ・カイロプラクティック(California License) 医学博士(Ph.D. / 岐阜大学医学部 スポーツ医学)
米国ロサンゼルスでの10年間の臨床経験を経て帰国後、医学博士号を取得。現在は名古屋駅前にて治療院を営みながら、後進の育成に力を注ぐ。 「継続と没頭」を自ら実践し、東北大学入学時から始めた筋トレは毎朝1時間、2000年に開始したヴィパッサナー瞑想は朝晩の日課として、現在も欠かさず継続中。臨床家として30年が経過した今もなお、心技体の「進化」を追求し続ける生涯現役のカイロプラクター。