言葉の通じない場所で、背骨が語りかけてきたこと —— 海外で証明するカイロプラクティックの力

【この記事の要約】

  • 米国D.C.の臨床からミャンマーの孤児院へ。国境を越えて通用する「手」の力とは?

  • 「具のないスープ」に衝撃を受けて誓った、10年続くカレーライスの炊き出し活動とボランティアの記録。

  • 道具も言葉もいらない。日本だけでなく世界中どこでも生きていける「地力(サバイバル能力)」を身につけよ。

ヴィパッサナー瞑想が導いた、ミャンマーとの出会い

私がカイロプラクターとしての道を歩み始めてから、四半世紀以上の月日が流れました。米国カリフォルニア州でドクターのライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間の海外臨床経験を経て、今、私がライフワークの一つとして情熱を注いでいるのが、ミャンマーでのボランティア活動です。

ミャンマーとのご縁は、2015年に遡ります。 もともと私は瞑想を長年の日課としており、ブッダの瞑想法であるヴィパッサナーを実践する僧侶たちが数多くいるこの国に、以前から強い関心を持っていました。最初の訪問は観光が主目的でしたが、「ただ見るだけでは面白くない」という持ち前の好奇心が、私の運命を変えました。 ミャンマーで20年以上出家されていた知人を通じ、現地の方を紹介していただいたのです。その方も長年瞑想を実践されており、ヤンゴン郊外の孤児院でボランティアを続けている方でした。

衝撃の「白い夕食」と、カレーライスの誓い

その方に連れられ、初めて孤児院を訪れた時の衝撃は、今でも昨日のことのように鮮明です。 ちょうど夕食の時間でした。子供たちが食べている器の中を見て、私は言葉を失いました。そこにあったのは、白米と、具の入っていない汁だけ。成長期の子供たちの身体を作るには、あまりにも栄養が足りていませんでした。

「次にここへ来るときは、絶対にカレーライスの炊き出しをやろう」 その時、私の心に固い決意が生まれました。

あれから10年。その誓いは一度も途切れることなく続いています。今では年に2回から3回、その孤児院を訪れ、カレーライスの炊き出しを行うのが恒例となりました。お腹いっぱいになった子供たちの笑顔を見ることは、私にとっても至福の時間です。

ミャンマーの孤児院へ「日本のカレー」を。300食の炊き出しボランティアと、物価高騰に苦しむ現地へのお米の寄付。皆様の善意を直接届けた3日目の現地レポートです。

「食」で満たし、「手」で整える

「食」が身体を作る材料だとすれば、その身体を正常に機能させるのが、私たちカイロプラクターが扱う「神経系」です。 カレーライスでお腹を満たした後、私はカイロプラクターとして子供たちや現地の方々の施術にあたります。そこには、私のクリニックにあるような電動の昇降ベッドも、最新の物理療法機器もありません。あるのは、彼らの身体と、私自身の「手」だけです。

言葉が通じないこともあります。しかし、背骨に手を触れ、サブラクセーション(機能的異常)を探り当てた瞬間、そこには確かな「共通言語」が生まれます。痛みで表情を曇らせていた方が、アジャストメント(矯正)の直後、パッと顔を輝かせて「軽くなった!」と身振りで伝えてくれる。その瞬間、国境も文化も消え去ります。

海外のどこででも生きていける「地力」を

私がそもそもカイロプラクターを志した原点。それは、何にも依存しない「地力」を身につけることでした。 どんな国でも、どんな環境でも、自分一人の力で生きていける強さ。カイロプラクティックは、それを実現するための最強の手段です。

「日本でなければ生きていけない」という状態では、本当の意味での自由はありませんし、プロフェッショナルとしての強さも足りません。 ミャンマーでの活動は、単なる慈善活動ではありません。言葉も通じず、道具もない海外の環境で、自分の腕一つで人を救い、必要とされることができるか——。私自身がその「地力」を証明し続ける実践の場でもあります。

私は口先だけでなく、自らの行動を通して、生徒たちに何かを感じ取ってもらいたいのです。「カイロプラクティックという技術があれば、海外を含む世界中どこへ行っても生きていけるのだ」という圧倒的な可能性を、肌で感じてほしいと願っています。

ミャンマーの孤児院で300人分のカレーを作りました。現地のインフレ事情と、皆様からの寄付で実現したお米の支援について。徒手療法大学のミャンマー活動ブログです。

世界へ羽ばたく手を持とう

これからカイロプラクターを目指す皆さん、そして今、技術を研鑽している学生の皆さんへ。 皆さんが学んでいる技術は、日本国内だけで完結するものではありません。その「手」さえあれば、言葉の壁を越え、世界中のどこででも誰かの役に立つことができます。

パスポートと自分の腕一本を持って、世界へ飛び出す。 そんなダイナミックで、人間味あふれる生き方ができるのも、この職業の大きな魅力です。いつか皆さんと一緒に、世界のどこかで、治療の喜びを分かち合える日が来ることを楽しみにしています。


この記事を書いた人

榊原 直樹 Naoki Sakakibara, D.C., Ph.D.

榊原 直樹(さかきばら なおき) 徒手療法大学 学長 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック(D.C.) 医学博士(スポーツ医学・岐阜大学医学部) 1967年生まれ。米国カリフォルニア州にてライセンス取得後、ロサンゼルスで10年間の臨床経験を積む。2007年に帰国し、名古屋駅前にてカイロプラクティック治療院を開院。現在は後進の育成に尽力している。 東北大学入学時より開始したボディビル・筋トレは現在も毎朝1時間のルーティンとして継続中。また、2000年にゴエンカ氏のもとで始めたヴィパッサナー瞑想をきっかけに、毎朝晩30分の瞑想も欠かさない。「知行合一」を信条とし、心身の鍛錬と臨床技術の向上を追求し続けている。

徒手療法大学 学長 / 米国政府公認ドクター・オブ・カイロプラクティック / 医学博士(スポーツ医学)

1998年、米国カリフォルニア州にてカイロプラクティック医師免許(D.C.)を取得。ロサンゼルスでの10年間の臨床を経て2007年に帰国。岐阜大学医学部にて医学博士号を取得後、名古屋駅前にて開業。 現在は臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として、世界で通用する「地力」のある治療家の育成に情熱を注ぐ。

ライフワークは2000年から続くヴィパッサナー瞑想と毎朝の筋トレ。年数回、ミャンマーの孤児院にてボランティア施術と炊き出し活動を行っている。


▼徒手療法大学 公式メディア・SNS

最新のコラム、学長ラジオ、セミナー情報は各SNSで配信しています。

名古屋・神戸・札幌のカイロプラクティックスクール|徒手療法大学ではカイロプラクティックを学びたいという将来のカイロプラクターを募集中です。

「カイロプラクティック×海外」をテーマに、ミャンマーでのボランティア活動で見えた「手一つで国境を越える力」を語ります。道具も言葉もいらない、どこでも生きていける「地力」とは?徒手療法大学学長が、世界を目指す未来の治療家へ贈る熱いメッセージ。
最新情報をチェックしよう!