【この記事の要旨】
多くのカイロプラクターが陥る「セミナーショッピング(技術の乱獲)」が、なぜ技術向上につながらないのか。
学長自身が実践した「2年間、筋膜リリース以外の全手技を封印する」という極端な戦略の全貌。
一つの技術を突き詰めることで見えた「解剖学の本質」と、本校独自の技術「神経マニピュレーション」誕生の秘話。
カイロプラクターの技術向上を阻むセミナーショッピングの罠
勉強熱心なカイロプラクターほど、技術向上のために毎週末のように新しいテクニックセミナーを梯子してしまいがちです。かつての私もそうでした。「手持ちの武器(技術)が増えれば、対応できる症状も増えるはずだ」という単純な足し算の発想で、片っ端からセミナーを受講していた時期があったのです。
しかし、私の経験から断言できることがあります。明確な目的意識もなく、ただ広く浅く技術を学び続けても、カイロプラクターとしての技術向上にはつながりません。 たくさんの技術を知っていても、それを「治療という結果」に昇華できるレベルまで磨き上げなければ、臨床現場では無用の長物だからです。
そのことに気づいた約25年前、私はある極端な戦略に出ました。
成長のために選んだ2年間のテクニック封印
私が取った戦略、それは「2年間、筋膜リリース以外のすべてのテクニックを封印する」というものでした。
当時、すでに習得していたアジャストメントなどの技術をすべて封印し、来る日も来る日も筋膜リリース一本で患者さんと向き合い続けました。自らに縛りを設けることで、一つの技術を徹底的に深掘りしようと考えたのです。
筋膜リリースの主なターゲットは、筋肉、腱、靭帯などの軟部組織です。当然、これらの組織に問題があるケースでは劇的な効果を発揮します。 しかし、臨床はそう単純ではありません。昨日のコラム(鑑別診断について)でも触れましたが、例えば頭痛一つをとっても、その原因は多岐にわたります。 後頭下筋群の拘縮といった軟部組織の問題もあれば、上部頸椎椎間関節のサブラクセーション、あるいは大後頭神経や小後頭神経の絞扼障害などが複雑に絡み合っていることが多いのです。

一つの技術を極めることが、真の技術向上につながる
「筋膜リリースしか使わない」という制約の中で、関節の問題や神経の絞扼に直面した時、私は大きな壁にぶつかりました。関節を直接アジャストすれば早いかもしれない。しかし、自分にはその選択肢はない。 そこで必死に考え、ある仮説にたどり着きました。
「筋膜リリースの『理論』を応用して、関節や神経にアプローチできないか?」
ターゲットが関節包(関節を包む膜)であっても、あるいは神経であっても、組織のリリースという物理的な現象の原理は応用できるはずだ、と考えたのです。
そこからは、改めて基礎医学との格闘でした。 特に関節包のリリースや神経のリリースを行うには、解剖学的な構造をより深く、正確に理解する必要があります。神経絞扼の好発部位はどこか、神経の走行はどうなっているか。私は当時のあらゆる医学文献を読み漁り、徹底的に知識をアップデートしました。
この2年間の苦闘の末に生まれたのが、現在、本校の実技科目の一つとなっている『神経マニピュレーション』であり、関節包のリリーステクニックです。
もし私が、安易に他のテクニックに逃げていたら、あるいは広く浅く学び続けていたら、この技術は生まれていなかったでしょう。筋膜リリースだけという不自由な環境に身を置いたからこそ、一つの技術を深掘りし、その本質を他の組織(関節・神経)へと転用する応用力が身についたのです。
これからカイロプラクターとして本気で技術向上を目指す皆さんへ。 あれもこれもと手を広げる前に、まずは一つの技術を、その理論的背景から解剖学的根拠まで徹底的に深掘りしてみてください。一つの井戸を深く掘り抜いた時、その地下水脈はすべてのフィールドへと繋がっていることに気づくはずです。
この記事を書いた人

榊原 直樹(Naoki Sakakibara) 徒手療法大学 学長 / 米国政府公認ドクター・オブ・カイロプラクティック(D.C.) / 医学博士(Ph.D.)
1998年に米国にてD.C.ライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間の臨床経験を積む。2007年に帰国後、岐阜大学医学部大学院にてスポーツ医学の医学博士号を取得(2015年)。 現在は名古屋駅前で臨床を行う傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として、後進の育成と徒手療法の科学的検証に力を注いでいる。
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