【学長コラム】私の原点(7)〜過酷すぎるアメリカ留学初日!絶望の夜を救った一人の女性〜

【前回のあらまし】
意気揚々と降り立ったアメリカ・ロサンゼルス。しかし、到着初日がまさかの「祝日」だったことで、手配していたはずのドミトリーが閉まっており、中に入れないという大トラブルが発生。異国の地で頼る人もなく、重い荷物を抱えたままいきなり「宿なし」の危機に直面したのだった。
(前回の記事:【学長コラム】私の原点(6)〜アメリカ留学初日の大トラブル!LA到着、祝日の罠と宿なしの危機〜

初の海外、初のアメリカ。カイロプラクティックを学ぶためのアメリカ留学でしたが、到着早々、私は人生最大とも言えるトラブルに見舞われました。

日本であれば適当な安ホテルを見つけて一安心というところですが、ここは右も左もわからない異国の地です。土地勘もなければ頼れる知人もおらず、完全に孤立無援の状況でした。

これまでも数々の困難を乗り越えてきた自負はありましたが、今回ばかりは解決策が思い浮かびません。治安の良し悪しも分からない中での「野宿」という最終手段が脳裏をよぎりますが、ひとまず閉ざされたドミトリーを後にし、周辺を歩いてみることにしました。

暗闇のノースリッジと、肩に食い込む荷物の重さ

カイロプラクティックを学ぶアメリカ留学初日の夜、重いずた袋を背負い、広大なロサンゼルスの大通りを彷徨う青年。遠くの交差点には、カタカナで「ビデオ」と書かれた光る看板が見える。

外はすでに暗闇に包まれ、人影はまったくありません。不気味なほど静まり返る中、ところどころの民家から漏れる明かりを見ると、切なさと寂しさの入り混じった複雑な感情が込み上げてきました。そのタイミングで、日本から担いできた「ずた袋」の重みが、妙にずっしりと肩に食い込んできます。

片側二車線の大きな大通りに出ても、歩いているのは私ただ一人。車はそれなりに行き交っており、通りすがりの車窓から私に向かって狂ったように雄叫びを上げてからかってくる者もいました。夜の通りを歩く姿が珍しかったのでしょう。ここで動揺しては相手の思う壺だと、私は何事もなかったかのように平然を装い、ひたすら歩き続けました。

目指すはノースリッジで一番栄えているエリア。しかし、アメリカの1ブロックは想像を絶する大きさです。大通り沿いには公園やアパートがあるものの、スーパーやレストランといったお店はまったく見当たりません。

限界と一縷の望み〜暗闇に光る「ビデオ」の文字〜

気づけば小一時間。日本を出発してからまともな食事も睡眠もとっておらず、肩に食い込む荷物の重さと疲労で限界が近づいていました。時刻は夜の8時。再び「野宿」の二文字が頭をよぎったその瞬間です。

はるか彼方、歩いて20〜30分はかかりそうな距離に、ポツンと看板らしきものが見えました。遠すぎて文字までは読めませんが、あそこに行けば誰かがいるかもしれない。私はその一縷の望みにすがり、重い足を引きずりながら歩を進めました。

近づくにつれ、その看板の文字が視界に飛び込んできました。そこにはなんと、カタカナで「ビデオ」と書かれていたのです。日本人向けのビデオ店なら、日本人がいるかもしれない!

運命の女神との出会い〜絶望からの生還〜

夜のロサンゼルスで、カイロプラクティック アメリカ留学初日に絶望的な宿なし状態だった青年が、日本人オーナー女性が運営する「ビデオ」店に飛び込み、出会うシーン。

時刻はすでに夜9時を回り、店が閉まっていればいよいよ野宿が確定する絶望的な状況でしたが、交差点の一角にあるテナント群にたどり着くと、奇跡的にその「ビデオ」の店舗だけが明かりを灯し、営業していました。

藁にもすがる思いで店に飛び込むと、そこには30歳くらいの若いアジア人女性の姿が。恐る恐る日本語で話しかけると、彼女は流暢な日本語で返事をしてくれました。彼女はこのお店のオーナーで、ちょうど店を閉めようとしていたところだったのです。

その瞬間、アメリカに入国してからずっと張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れました。私はこれまでの経緯をまくしたてるように一気に話してしまいました。状況を察した彼女はすぐに受話器を取り、一番近いモーテルに電話をかけて部屋を確保してくれただけでなく、なんとご自身の車でそこまで送ってくれたのです。本当にありがたかった。

モーテルに無事チェックインするのを見届けると、彼女は「もし何か困ったことがあったら、いつでも連絡ちょうだい」と連絡先を書いた紙を渡してくれました。その優しさに、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。

カイロプラクターへの道はここから始まった

部屋に入ったのは夜の10時過ぎ。疲労困憊で空腹の極みでしたが、シャワーを浴びる気力すら残っておらず、泥のようにベッドに突っ伏して眠りに落ちました。

こうして、のちにドクター・オブ・カイロプラクティック(D.C.)のライセンスを取得することになる、私の波乱に満ちたアメリカ留学生活は幕を開けました。

(つづく)

榊原直樹

この記事を書いた人:榊原 直樹

徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)

1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。

名古屋・神戸・札幌のカイロプラクティックスクール|徒手療法大学ではカイロプラクティックを学びたいという将来のカイロプラクターを募集中です。

カイロプラクティックを学ぶアメリカ留学初日、重い荷物を担いで夜の街を彷徨う絶望的な様子と、背後に光る「ビデオ」の看板。
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