【学長コラム】私の原点(14)〜アメリカ留学最大の反逆!弁当を捨てて挑んだラスベガス強行軍〜

【前回のあらまし】

念願のマイカーを破格の500ドルで手に入れ、ロサンゼルスで「日系企業への弁当配送」のアルバイトをスタートさせた私。しかしその実態は、毎朝3時に自宅を出発して100km先の厨房へ向かい、100個以上の弁当を仕込んだ後、見知らぬオフィスへ自らの足で売り込みに行くという過酷な「飛び込み営業」でした。それでも度胸と熱意で道を切り開き、コンスタントに売り上げを伸ばせるようになって数ヶ月後のこと。連日の過酷な日々に疲弊したバイト仲間の一人が、あろうことか作りかけの幕の内弁当を真っ黒なゴミ袋へ投げ捨てたのです。あっけにとられる私たちでしたが、そこから5人の男たちは結託し、とんでもない「ある計画」をぶち上げることに——。

▶︎ 前回の記事(第13回)はこちら

真夜中の反逆!アメリカ留学中の無謀すぎる「ラスベガス強行軍」

アメリカ留学中にロサンゼルスの厨房で大量の弁当をゴミ袋へ廃棄する5人の若い日本人男性

黒いゴミ袋に幕の内弁当を次々と放り込みながら、彼はふと顔を上げて言い放った。

「今から、ラスベガスに行きませんか?」

その想定外すぎる提案に、私たち一同は一瞬息を呑んだ。しかし、互いの顔を見合わせた次の瞬間、誰からともなく「……行きましょう!」と完全に同意していた。一度決まれば、若者たちの行動は恐ろしく早い。ほぼ完成していた弁当や大量のお惣菜を、迷うことなくすべてゴミ袋へとぶち込んでいく。その数はなんと10袋にも及んだ。

我々の立てた「完全犯罪」の計画はこうだ。
今すぐラスベガスへ向かい、ギャンブルで今日の5人分の売り上げ以上の稼ぎを叩き出す。1人あたりの1日の売り上げノルマが約120ドルだったので、5人で計600ドル。まずは各自が銀行へ走って自分の口座から120ドルを引き出し、それを「本日の弁当の売り上げ」として店に残しておく。これでレストランのオーナーには、我々が弁当を全廃棄してベガスへ高飛びしたことなど絶対にバレない。

ラスベガスには午前0時まで滞在し、その後ロサンゼルスへとんぼ返り。何事もなかったかのように、しれっと明日の仕込みと配達に向かう。我ながら完璧なプランだった。かなりの強行軍だが、当時の私たちはみな20代。体力だけは無尽蔵に有り余っていた。

時刻は午前7時。ロサンゼルスからラスベガスまではおよそ400kmの道のりだ。ノンストップで車を飛ばせば3時間半で到着する。今すぐ出発すれば、昼前には砂漠の不夜城に辿り着く。そこから12時間ぶっ続けで勝負を繰り広げ、再びロサンゼルスへ戻るのだ。

アメリカ留学という異国の地でただでさえ刺激的な毎日を送っていたが、この無軌道な「冒険」は、今思い返しても血湧き肉躍るようなワクワク感がある。本当に、たまらなく懐かしい思い出だ。

1ドルステーキと、ラスベガスカジノでの大勝負

アメリカ留学中、ラスベガスのレトロなダイナーで食べる巨大な1ドルの1ポンドステーキと鍛えられた若い日本人男性の手
「1ドルと侮るなかれ」。巨大な1ポンド(約450g)のステーキ。アメリカ留学中の若き日の私が、ラスベガスのカジノでの大勝負に備えてエネルギー補給をする、ヒリヒリした瞬間。鍛え抜いた体で、完食を誓う。

予定通り、昼の12時頃にラスベガスへ到着。まずは腹ごしらえとばかりに、当時「1ドルステーキ」で名を馳せていたレストランへと直行した。今はどうかわからないが、当時のラスベガスは「カジノでお金を落としてもらうこと」を大前提としていたため、ホテル代や食事代が格段に安く設定されていたのだ。

たった1ドルと侮るなかれ、出てきたステーキはしっかり1ポンド(約450g)もある代物。鍛え抜いていた当時の私の胃袋には少々物足りなさもあったが、それでも十分戦に備えられるだけのエネルギー補給にはなった。

胃袋を満たすや否や、我々はすぐさま戦場であるカジノへと足を踏み入れた。向かったのは「サーカス・サーカス」。ブラックジャック、ルーレット、そしてバカラのテーブルが、我々の主戦場である。

私は、この無謀な計画の首謀者である彼と共にブラックジャックのテーブルに陣取った。まずは彼が席に座り、5ドルから堅実にゲームをスタートさせる。勝ち負けを繰り返しながらも、彼のチップは少しずつ着実に積み上がっていった。

ツキが回ってきている。そう踏んだ私も彼に便乗し、背後から彼の手にプラスしてベットし始めた。資金は減らないが、大きく増えもしない、ジリジリとした攻防戦。

しかし、そんな膠着状態に痺れを切らした彼が、突然動いた。
なんと、一気に100ドル分のチップをテーブルに押し出したのだ。勝てば200ドル。急激なレートの引き上げに、同席していたアメリカ人たちも「おっ?」という顔でニヤニヤとこちらを見ている。

ディーラーから配られたカード……結果は、彼の鮮やかな勝利!200ドル分のチップが彼の手元に滑り込んできた。

だが、本当の驚きはここからだった。彼は躊躇することなく、手元に戻ってきた200ドル分のチップを「すべて」次のゲームにベットしたのだ。これには、さすがに私たちも息を呑んだ。勝てば400ドル。張り詰めた空気の中、彼はなんとこの大勝負にもあっさりと勝利を収めてみせた。

これで手元のチップは400ドルに膨れ上がった。我々5人分の1日の売り上げノルマである「計600ドル」まで、あと少しだ。ここからはリスクを避けて手堅く稼いでいくのか……誰もがそう思った瞬間、彼は我々の想像を遥かに超える行動に出た。

賑わうカジノのブラックジャックテーブル。ディーラーがカードを配る中、男性客が真剣な表情で勝負に出る様子。
活気あふれるカジノを舞台に、ブラックジャックテーブルを囲む大勢の人々が描かれている。左側には赤いベストを着用したディーラーが座り、カードをシャッフルしている。一方、テーブルの中央に立つ男性は、手元にチップとカードを置き、真剣な眼差しでゲームの結果を見守っている。その周囲には、多くの客が立ち並び、ゲームの行方を固唾を飲んで見守っている。テーブルの上には、カラフルなチップ、カード、そしてカジノの名前「THE STAR」と書かれたロゴが見える。背景には、多くの人で賑わうカジノのフロアが描かれている。

彼はその400ドルに加え、手元に残っていたすべてのチップまでかき集め、次の一勝負に全額ベットしたのだ。正真正銘の「オールイン」である。

この常軌を逸した賭けっぷりに、いつの間にか我々の背後には何重もの人だかりができていた。周囲のギャンブラーたちも固唾を飲んで見守っている。

400ドル以上のすべてを失うのか。それとも、この大勝負を制してノルマを軽々と超える800ドル超えを手にするのか——。この続きは次回に!

榊原直樹

この記事を書いた人:榊原 直樹

徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)

1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。

名古屋・神戸・札幌のカイロプラクティックスクール|徒手療法大学ではカイロプラクティックを学びたいという将来のカイロプラクターを募集中です。

アメリカ留学中、ラスベガスのカジノでブラックジャックにオールインする若者たち
最新情報をチェックしよう!