「お尻の痛み」の原因として、多くの方が真っ先に腰椎椎間板ヘルニアや坐骨神経痛を思い浮かべます。しかし、臀部から下肢にかけての痛み・しびれは、神経の絞扼(圧迫・癒着)が引き起こすことも少なくありません。
本日、徒手療法大学 神戸校にて「腰神経叢・仙骨神経叢と神経モビリゼーション」をテーマにした実技レクチャーを行いました。腰から臀部・下肢に分布する神経の走行・絞扼部位・症状、そして徒手アプローチまでを体系的に扱った、密度の高い時間でした。その内容を、カイロプラクティックに関心をお持ちの方へ向けてご紹介します。
この記事でわかること
- 腰神経叢(大腿神経・閉鎖神経)の絞扼と症状
- 殿皮神経(上殿皮神経・中殿皮神経)の絞扼と症状
- 仙骨神経叢(坐骨神経)の絞扼——梨状筋症候群・坐骨大腿インピンジメント
- それぞれに対するカイロプラクティック的アプローチ(神経モビリゼーション)

1. 腰神経叢——大腿神経・閉鎖神経の絞扼と症状
お尻や太ももの痛みを考えるとき、多くの臨床家は「仙骨神経叢(坐骨神経)」に注目しがちですが、腰神経叢(L1〜L4)から派生する大腿神経・閉鎖神経も重要な原因となります。
大腿神経(L2–L4)の絞扼と症状
大腿神経は腸腰筋の筋腹間を走行し、鼠径靭帯の下を通過して大腿前面へ向かいます。この走行の特性上、腸腰筋の過緊張や腸腰筋膜の拘縮によって絞扼を受けやすい神経です。
大腿神経絞扼の主な症状
- ▸大腿前面〜内側のしびれ・感覚鈍麻
- ▸股関節屈曲・膝関節伸展の筋力低下(大腿四頭筋)
- ▸鼠径部〜大腿前面の痛み
- ▸股関節伸展位(立位・歩行)で症状増悪
マニピュレーションアプローチ:腸腰筋の絞扼部位に対する直接的な軟部組織リリースに加え、股関節屈曲・外転・外旋方向への神経モビリゼーションを行います。神経を「滑走させる」動的アプローチにより、神経周囲の癒着を段階的に解放していきます。
閉鎖神経(L2–L4)の絞扼と症状
閉鎖神経は骨盤内で閉鎖孔を通過し、大腿内転筋群を支配します。内転筋の過緊張や股関節内側の軟部組織拘縮が絞扼の主な原因となります。坐骨神経痛との混同が多い神経の一つです。
閉鎖神経絞扼の主な症状
- ▸大腿内側のしびれ・疼痛(鼠径部〜膝内側)
- ▸大腿内転筋力の低下
- ▸股関節外転・伸展で症状増悪
- ▸腰痛・臀部痛は通常みられない(鑑別点)
マニピュレーションアプローチ:閉鎖孔周辺の軟部組織および内転筋近位部への直接アプローチと、股関節外転方向を用いた神経モビリゼーションを組み合わせます。
「お尻の痛み」「足のしびれ」の背景には、坐骨神経だけでなく、腰神経叢から分岐する複数の神経が関与していることがある。鑑別の視野を広げることが、正確な臨床推論の第一歩だ。
2. 殿皮神経——「腰痛なし」なのにお尻が痛い理由
お尻の痛みの神経学的原因として、見落とされがちなのが殿皮神経の絞扼です。殿皮神経は上・中・下の3種類に分類され、それぞれ独自の走行と絞扼部位を持ちます。今回のレクチャーでは上殿皮神経と中殿皮神経を重点的に扱いました。
上殿皮神経(T11–L5 後枝)の絞扼
上殿皮神経は胸腰筋膜を貫通し、腸骨稜後外側部へ向かいます。この腸骨稜での貫通部位が最大の絞扼好発点です。「腰痛がないのにお尻の上部だけが痛い」という訴えに、この神経の問題が隠れていることがあります。
上殿皮神経絞扼の典型的な訴え
- ▸「腸骨を手で押さえると痛みが和らぐ」
- ▸前傾姿勢(前屈・骨盤前傾)で痛みが増悪する
- ▸長時間の座位がつらい
- ▸仰向けで寝ると痛い
- ▸腰痛なし・大腿への放散なし(←重要な鑑別点)
SLRも陰性になることが多く、「筋・筋膜性疼痛」として処理されがちなケースです。腸骨稜後方への圧痛とフライバーグテストを組み合わせた評価が診断の鍵になります。
マニピュレーション:側臥位にて、腸骨稜後方の絞扼部位に直接アプローチ。股関節屈曲+膝関節屈曲の複合肢位を用いて神経を遠位方向に滑走させる神経モビリゼーションを実施します。
中殿皮神経(S1–S3 後枝)の絞扼
中殿皮神経はS1〜S3の仙骨孔を通過し、後仙腸靭帯・大殿筋筋膜孔を貫通します。仙骨孔・後仙腸靭帯・大殿筋が主な絞扼部位で、仙腸関節障害との症状が酷似するため鑑別が重要です。仙腸関節障害に併発することもあります。
中殿皮神経絞扼の主な症状
- ▸仙腸関節周囲の疼痛(仙腸関節障害との鑑別が必要)
- ▸仰臥位で寝ていると痛い・寝返り動作で増悪
- ▸胸腰筋膜の硬縮を伴うことが多い
マニピュレーション:腹臥位にて、仙骨孔・後仙腸靭帯・大殿筋・腸骨稜後方の各絞扼部位に順次アプローチ。股関節内旋を加えた膝関節屈曲により神経の遠位方向への滑走を促します。
3. 仙骨神経叢と坐骨神経——「坐骨神経痛≠椎間板ヘルニア」という視点
お尻の痛みや足のしびれを引き起こす神経として最もよく知られているのが坐骨神経です。L4〜S3の前枝から構成され、大坐骨孔・梨状筋下孔を通過して大腿後面を下行する人体最大の末梢神経です。
重要なのは、「坐骨神経痛」はあくまで症状の記述であり、診断名ではないという点です。坐骨神経に沿った痛み・しびれは、椎間板ヘルニアによる神経根症以外にも、複数の末梢性絞扼が原因となりえます。
坐骨神経の主な絞扼好発部位
- ▸大坐骨孔(梨状筋下孔)← 梨状筋症候群の主座
- ▸上下双子筋・内閉鎖筋
- ▸坐骨結節外側・大腿方形筋 ← 坐骨大腿インピンジメントの関与
- ▸半膜様筋腱近位・大腿二頭筋近位
- ▸大腿二頭筋遠位腱(腓骨頭の7cm近位)
梨状筋症候群——長時間の座位が招く坐骨神経の感作
梨状筋症候群は、梨状筋下孔において坐骨神経・上下殿動静脈が絞扼される病態です。長時間の座位や過度の股関節外旋負荷による阻血が坐骨神経を感作し、神経根症と酷似した症状を呈します。
椎間板ヘルニアとの鑑別で有用なのがフライバーグテスト変法です。SLRが陰性で間欠性跛行を伴わない場合、梨状筋由来の末梢性絞扼を積極的に疑います。
坐骨大腿インピンジメント——見落とされがちな股関節内側の病態
坐骨大腿インピンジメントとは、坐骨結節外側と小転子内側の間の狭窄により大腿方形筋が拘縮し、坐骨神経が圧迫される病態です。大腿骨頸部の過前捻を背景に持つことが多く、特定の股関節肢位(伸展+内転+内旋)で症状が増悪します。
坐骨大腿インピンジメントの特徴
- ▸股関節伸展+内転+内旋で症状増悪
- ▸股関節伸展+外転+外旋で症状軽減
- ▸臀部深部痛・坐骨神経痛様症状
4. ケーススタディ:既往歴に引きずられてはいけない
本日のレクチャーで扱った2つの症例をご紹介します。
Case 01 — 20歳女性 バスケットボール選手
右大腿後面のしびれ / ハムストリング肉離れ既往あり
SLR 45°陽性、L4-5間と臀部に軽度圧痛あり——ここで「L4-5椎間板病変」と即断するのが「落とし穴」。実際の絞扼主体は坐骨結節外側(半膜様筋腱近位)にあった。アプローチを坐骨神経(末梢絞扼)に切り替えたことでVASが劇的に改善。
治療経過(VAS推移)
1回目
9
2回目
3
3回目
0
Case 02 — 70代男性 ゴルファー
右大腿後面のしびれ / 脊柱管狭窄症既往(L4–5)
既往に脊柱管狭窄症があることで「中枢性」と先入観を持ちがちだが、SLR陰性・間欠性跛行なし・フライバーグテスト陽性。梨状筋と坐骨神経(臀部〜大腿後面)へのアプローチで合計5回の施術により著明に改善した。
治療経過(VAS推移)
初診時
10
1回目後
5
5回目後
1
「既往歴」や「圧痛所見」に引きずられず、神経の走行と絞扼部位に即したテストを積み重ねること——それが正確な臨床推論の礎になる。
まとめ:お尻の痛みと神経——カイロプラクティックの視点から
今回のレクチャーを通じて、お尻の痛みと神経の関係がいかに複雑かを改めて確認しました。要点を整理します。
- ①腰神経叢(大腿神経・閉鎖神経):大腿前面・内側の症状の原因として、腰椎だけでなく末梢絞扼を評価する
- ②上殿皮神経・中殿皮神経:「腰痛なしのお尻の痛み」に潜む腸骨稜・仙骨孔での絞扼
- ③梨状筋症候群:坐骨神経の末梢絞扼。SLR陰性・フライバーグテスト陽性が鑑別の鍵
- ④坐骨大腿インピンジメント:坐骨結節と小転子間の狭窄。股関節の肢位依存性の症状変化を見逃さない
カイロプラクティックは、薬や手術に依存しない神経・筋骨格系の専門医療職です。解剖学・神経科学をベースに、神経の走行を立体的に把握し、「どこで、どう絞扼されているか」を手で感じながら評価・治療するアプローチは、症状の根本に迫る可能性を持っています。
この視点に興味を持っていただけた方は、ぜひ徒手療法大学のカリキュラムや、各キャンパス(名古屋・神戸・札幌)での体験講義にお越しください。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。