📋 この記事の要旨
- 肘の筋膜リリースは、腕のしびれ・肘の痛み・指先の重だるさに有効な徒手療法。
- 肘まわりでリリース対象となる筋肉は内側・前面の屈筋・回内群7筋(橈側手根屈筋・円回内筋・浅指屈筋・深指屈筋・尺側手根屈筋・上腕筋・烏口腕筋)と外側の伸筋・回外群3筋(長橈側手根伸筋・短橈側手根伸筋・回外筋)の計10筋肉。
- 筋膜の癒着が原因となる神経絞扼症候群には、①円回内筋症候群、②後骨間神経絞扼症候群(Frohse腱弓)、③前骨間神経(AIN)絞扼症候群、④筋皮神経絞扼(烏口腕筋)の4つがある。
- 解剖学的根拠を理解したうえで行う筋膜リリースが、臨床での結果を大きく左右する。
肘の筋膜リリースとは?——なぜ肘に行うのか
筋膜とは筋肉を包む薄い膜のことで、ソーセージの皮に例えると理解しやすいでしょう。長時間のデスクワークや繰り返しの手作業により筋肉が過緊張すると、筋膜が硬く癒着(ゆちゃく)してしまいます。 筋膜リリースとは、硬くなった筋膜に適切な圧と方向で刺激を与え、癒着を解きほぐす徒手療法です。肘は手首・指を動かす多くの筋肉が内側・外側・前面から集まる「解剖学的な交差点」。ここの筋膜の癒着を解消することが、腕全体の痛みやしびれの改善につながります。 薬を使わず、手だけで行える点が肘の筋膜リリースの大きな特長です。筋膜リリースの対象——肘まわりの10の筋肉
今回の実習でリリースした筋肉は合計10。肘の内側・前面(屈筋・回内群)と外側(伸筋・回外群)に分けて解説します。内側・前面グループ(屈筋・回内群)
| ① 橈側手根屈筋 | 手首を手のひら側・親指側に曲げる。ゴルフ・テニスで酷使されやすく、内側上顆炎(ゴルフ肘)との関連が深い。 |
| ② 円回内筋 | 前腕を内側にひねる。正中神経がこの筋肉のすき間を通るため、筋膜が硬くなると神経絞扼を起こしやすい。 |
| ③ 浅指屈筋 | 4指(人差し指〜小指)の第2関節を曲げる。腱弓の入り口に前骨間神経(AIN)が通過する重要な絞扼ポイント。 |
| ④ 深指屈筋 | 指先(第3関節)を曲げる深層の筋肉。前骨間神経(AIN: anterior interosseous nerve)が支配する。 |
| ⑤ 尺側手根屈筋 | 手首を小指側に曲げる。ゴルフ肘(内側上顆炎)の代表的な原因筋。 |
| ⑥ 上腕筋 | 上腕二頭筋の深層で肘を曲げる主要筋。橈骨神経と筋皮神経が近接し、筋膜の硬さが神経症状につながることがある。 |
| ⑦ 烏口腕筋 | 肩前面〜上腕内側を走る筋肉。筋皮神経がこの筋を貫通するため、硬くなると前腕外側のしびれや肘屈曲力低下を起こす。 |
外側グループ(伸筋・回外群)
| ⑧ 長橈側手根伸筋(ECRL) | 手首を親指側・手の甲側に反らせる。テニス肘(外側上顆炎)の原因筋のひとつで、橈骨神経浅枝が近接する。 |
| ⑨ 短橈側手根伸筋(ECRB) | テニス肘の主役筋。Frohse腱弓の上縁を構成し、後骨間神経絞扼に直接関与する。肘の筋膜リリースの重要ターゲット。 |
| ⑩ 回外筋 | 前腕を外側にひねる(手のひらを上に向ける)筋肉。Frohse腱弓を形成する主役で、後骨間神経がこのトンネルを通過する。 |
肘の筋膜リリースが必要な理由——4つの神経絞扼症候群
肘まわりの筋肉のなかを神経が「通り道」として走っています。筋膜が癒着して通り道が狭まると、神経が締め付けられる「神経絞扼症候群」が起こります。肘の筋膜リリースはこの絞扼を解消するために直接有効です。代表的な4つを解説します。① 円回内筋症候群
円回内筋のすき間で正中神経が締め付けられる状態。手のひらのしびれや握力低下として現れ、手根管症候群と混同されやすい。肘の筋膜リリースによって原因筋の緊張を解消することが改善の鍵です。② 後骨間神経絞扼症候群(Frohse腱弓)
回外筋とECRBが形成するFrohse腱弓(フロース腱弓)で後骨間神経が圧迫される状態。手首・指が伸ばしにくくなる症状が出ます。テニス肘と混同されやすく、正確な鑑別と回外筋・ECRBへの筋膜リリースが重要です。③ 前骨間神経(AIN)絞扼症候群(浅指屈筋腱弓)
浅指屈筋のトンネル入口で前骨間神経(AIN: anterior interosseous nerve)が圧迫される状態。親指と人差し指でOKサインを作ろうとすると丸くならず角ばるのが典型的なサインです。浅指屈筋への筋膜リリースが直接的に有効です。④ 筋皮神経絞扼(烏口腕筋)
筋皮神経は烏口腕筋を貫通して走ります。この筋肉が硬くなると前腕外側のしびれや肘屈曲力の低下が起こります。肩〜肘にかけての広範囲の症状として現れることが多く、見落とされやすい絞扼部位です。 いずれも共通しているのは、筋膜の癒着が神経圧迫の根本原因という点です。だからこそ、肘の筋膜リリースで原因そのものに直接アプローチすることが重要なのです。「なぜ」を知る治療者が、肘の筋膜リリースの質を変える
今回の実習で学生たちが確認したのは「手技の形を覚えること」より「解剖学的な根拠を理解すること」の重要性です。たとえば回外筋にアプローチするとき、Frohse腱弓の存在と後骨間神経の走行を知っているかどうかで、リリースの精度も臨床結果もまったく変わります。 徒手療法大学では、解剖学の知識と実技を常に結びつけるカリキュラムを大切にしています。「体の声を正確に読む力」——これが私たちの教育の核心です。 カイロプラクティックは「骨を鳴らす」だけではありません。肘の筋膜リリースのような軟部組織へのアプローチも、カイロプラクターの重要な臨床技術のひとつです。腕のしびれや肘の痛みが改善しないとお悩みの方、カイロプラクティックを学んでみたい方は、ぜひ徒手療法大学 名古屋校へお越しください。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。 2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。