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3つの大学が一堂に
私たちがお世話になっているタイの大学には、同じタイミングで、別の2校も研修に訪れていました。日本の東海大学と、カンボジアの大学です。大学側はこの偶然の重なりを活かし、3校合同のミーティングを企画してくれました。
タイの副学長による開会の挨拶に続き、各校の代表者挨拶、そして学校紹介へ。徒手療法大学からは、私が代表として登壇しました。
メモなし、暗記、そして感情を込めて
スピーチはもちろん英語です。私がこだわったのは、「メモを見ながらのスピーチにしない」ということでした。
話す内容は完璧に暗記して臨みました。しかし暗記した言葉を淡々と読み上げるだけでは味気ない。感情を込め、抑揚をつけ、聴衆の目を見ながら話す——そのために、事前に何回も練習を重ねました。声も意識しました。腹の底から絞り出すような、自信に満ちた声色になるよう注意しながら。
スピーチの内容は、昨年に続いて解剖実習の機会を与えてくださっていることへの深い感謝と敬意、そして今後さらに両校の連携関係を深化させていきたいという思いを伝えました。
万全の準備の甲斐あって、自分なりにほぼ満点のスピーチができたと感じています。
学校紹介——パワーポイントで伝えた徒手療法大学の姿
続いて、本学の紹介をスライドを使って行いました。こちらも英語での説明です。
内容は多岐にわたりました。タイの大学との関係性と感謝、今後のさらなる教育連携への想い、本学の教育哲学である「社会に必要とされるカイロプラクターを育てること」、ミャンマーでのボランティア活動、そして国際的な実践教育の意義について。
プレゼンテーション終了後、聴衆からは温かい反応をいただきました。
代表挨拶と徒手療法大学の紹介のプレゼンテーションを終えてから、つくづく実感したことがあります。それは、英語でこのようにプレゼンできる能力が、アメリカでの10年以上に渡る生活の中で培われていたことです。
私は大学卒業直後の20代で渡米しました。若い年齢で異文化に触れ、適応するために切磋琢磨した経験がこのような場面で活かされていることを実感したのです。
このような機会を与えてくれた両親には感謝してもしきれません。

想定外の自己紹介——学生たちの底力
私の挨拶と学校紹介が終わった後、想定外のことが起きました。
司会から、「学生4名にも自己紹介をしてもらいたい」という提案があったのです。事前に伝えていなかった、完全な即興です。
しかし4名全員が、英語で自己紹介をしてくれました。
準備もなく、突然マイクを向けられた状況で、落ち着いて英語で話す——それがどれほど難しいことか、語学を学んだことがある方ならわかるはずです。彼らは見事にやり遂げました。
4名の自己紹介を聞きながら、私は静かに誇らしい気持ちになっていました。技術だけでなく、こういう場面で動じない対応力こそが、国際的なフィールドで活躍するために必要な力です。本学の学生たちは、確実にその力を身につけつつあります。
人生で初めての英語でのスピーチ。日本では絶対に経験することができません。この経験が一生涯の思い出となり、さらに彼らの今後の人生に大きな影響を及ぼしてくると確信しています。
個室での昼食会——高級タイ料理のコース
ミーティング終了後は、大学内のレストランへ移動して昼食会が開かれました。魚料理を中心とした高級なタイ料理のフルコース。各校の代表者は個室での食事となり、3カ国の教育者たちが同じテーブルを囲んで語り合う、贅沢な時間でした。
言葉も文化も違う者同士が、食事を共にしながら打ち解けていく——こういう場面が、本当の国際交流の始まりなのだと感じます。

午後は解剖実習へ
昼食を終えると、午後からは解剖室に戻りました。
前面の筋肉・神経・脊椎の関節など、カイロプラクティックの臨床に直結する構造を、教授の指導のもとで丁寧に学んでいきました。
午前中の緊張感とは打って変わって、静かに集中する時間。3カ国の交流という特別な体験をしながら、学生たちは着実に手と目で解剖学を刻み込んでいきました。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。 2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。