「教科書と全然違う」——初参加の受講生
初めて参加した今回初参加の岡田君は、開口一番こう言いました。
「教科書や模型、解剖図とは全く違います。腱の太さ、厚み、組織同士が結合している部分のリアルな境目——それを手で触れて初めてわかる感覚がありました」
解剖図では「線」として描かれているものが、実物では「立体」として存在しています。しかも、個体差がある。教科書通りにいかないことが当たり前の世界。それを手で確かめることが、解剖実習の本質です。
「研修に行くか迷っている人がいるなら、参加しないと絶対にわからないことばかりなので、絶対に来た方がいい」
彼はそう言い切りました。
「触診の答え合わせができた」——大門先生・2回目の参加
2回目の参加となった大門先生は、明確な目的を持って臨んでいました。
「普段の施術で触れている場所、触診している部位が、解剖学的に本当に正しいのか確認したかった」
日々の臨床で積み上げてきた感覚と、解剖学の事実を照合する——いわば「答え合わせ」のための参加です。その結果は?
「ほぼ確認できました。今後の治療に直結する確信を得ることができました」
さらに彼は、現地での体験を通じてもうひとつの大切なことに気づいたと話してくれました。
「榊原先生がこれまでに築き上げてきた現地との信頼関係を目の当たりにして、相手と丁寧に信頼関係を築くことの大切さを実感しました。それは患者さんとの関係にも通じると感じています」
技術だけでなく、人と人との関係を丁寧に育てること。解剖室の外で学んだことが、臨床家としての姿勢を変えることもあるのです。

「古い自分を打ち破れた」——初参加の受講生
もう一人の初参加者である小熊君は、参加を決めるまでに葛藤があったと話してくれました。
「完璧主義で、失敗を恐れてなかなか前に踏み出せない性格でした。でも今回の渡航を、自分を見つめ直す機会と位置づけて、2ヶ月間英語を学んで参加を決めました」
そして実習を終えた後、彼はこう言いました。
「普段やっている触診が正しかったという確信が得られました。それだけでなく、拙い英語でも現地のドクターに伝わる体験を通して、これまでの努力が実を結んでいる自信を持てました。古い自分を打ち破れた、という感覚があります」
完璧でなくていい。準備が万全でなくていい。一歩踏み出すこと自体が、人を変えます。

「来年はもっとできる」——高岡先生・2回目の参加
2回目参加の高岡先生は、着実な成長を実感していました。
「1回目と比べて、解剖の作業面・手技のスキルが上達していることを実感できました」
語学面でも、事前に英会話レッスンを受けて臨んだ成果があったと言います。
「相手の話を聞き取れる手応えがありました。ただ、まだスムーズに返答できないもどかしさも感じています。来年はもっとできるようにしたい」
そして次回に向けて、すでに動き始めていました。
「臨床で患者を診る中で見たい部位を明確にして、1年かけて解剖学をさらに研究・計画して臨みたいと思っています」
1年後の自分のために、今から準備を始める。それが2回目参加者の姿勢です。

「参加しないと、絶対にわからない」
4名のインタビューを通じて、共通して感じたことがあります。
誰一人、後悔していませんでした。むしろ全員が、来年もまた参加したいと語っていました。
解剖実習は、技術だけを学ぶ場ではありません。自分の触診が正しかったという確信、教科書では得られないリアルな感触、英語でドクターと話すことへの自信、そして異文化の中で人と関わることの喜び——これらすべてが、一週間の中に詰まっています。
「参加しないと絶対にわからないことばかり」——これは私の言葉ではなく、今年初めて参加した受講生が、自分の体験から絞り出した言葉です。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。 2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。