救急救命士としての日々から、運命的な出会いを経て
木瀧先生のキャリアは、地元札幌の専門学校を卒業後、1998年に取得した救急救命士の資格から始まります。すぐに北広島市消防本部に勤務し、救急の最前線で人々の命を救う仕事に従事しました。正義感が強く、困っている人を助けることにやりがいを感じていた先生にとって、救急救命士としての仕事は、まさに天職のように感じられていました。しかし、その充実した日々の中で、「もっと深く医療の道を探求したい」という思いが芽生えていきます。
当初、鍼灸での開業を考えていた先生の人生が大きく変わったのは、知人からの紹介でカイロプラクティックに出会った時でした。カイロプラクティックは日本ではまだ法制化されておらず、世間の認知度も低い状況ですが、海外では学術として確立されていることを知ります。「この道だ」と確信した先生は、新たな一歩を踏み出すことを決意します。
治療家としての成長、そして教育者への転身
札幌にあるカイロプラクティック専門学校で2年間みっちりと学び、紆余曲折を経て、ついに札幌市内にご自身の治療院を開業しました。開業当初は集客に苦労し、生活していくのがやっとの状態でした。
そんな苦しい時期に、木瀧先生は榊原先生と出会います。榊原先生から直接指導を受けるようになったことで、それまでの臨床が劇的に変化しました。治療技術だけでなく、患者さんとの向き合い方など、多岐にわたる学びを得たのです。
この出会いをきっかけに、先生の治療院は徐々に評判となり、多くの患者さんが来院するようになりました。一人ひとりの患者さんと向き合い、その痛みに寄り添う中で、木瀧先生は治療家としてのキャリアを着実に築いていきました。
およそ10年の臨床経験を積んだ頃、先生は母校のカイロプラクティック専門学校で講師として教える機会を得ます。この経験が、先生の次のステップへと繋がりました。患者さんを直接診ることに加えて、「未来のカイロプラクターを育てる」という役割に興味を持ち始めたのです。
新たなステージ、徒手療法大学札幌校の校長として
そして2022年9月、木瀧先生は徒手療法大学札幌校の校長という新たなステージへと踏み出しました。これまでは目の前の患者さんを治すことが一番の使命でしたが、今はそれだけではありません。次世代のカイロプラクターを育成し、業界全体を盛り上げていくという、より大きな役割を担っています。
「日々の臨床から得た学びを、余すことなく学生たちに伝えたい」と語る木瀧先生。その情熱は、新しい命を吹き込むかのように、徒手療法大学札幌校で輝いています。
救急救命士からカイロプラクター、そして教育者へ。その歩みは、常に人のために尽くしたいという一貫した想いに貫かれています。