【ミャンマー滞在記】カイロプラクティック海外ボランティアで直面した「真の地力」と学生の覚醒

2026年2月8日 場所:ミャンマー・マグウェ地方 タウンドゥウィンジー

こんばんは、徒手療法大学 学長の榊原です。 現在、ミャンマーのタウンドゥウィンジーという村に滞在中です。

日本とは全く異なる、ゆったりとした濃密な時間の流れの中に身を置いています。 今回は、現在私たちが取り組んでいるカイロプラクティック海外ボランティアの現場から、徒手療法の可能性と、過酷な環境だからこそ得られる「地力」についてお伝えします。

噂を聞きつけた村人たち、途切れないボランティア診療

今日は朝8時から、滞在している瞑想センター内の診療所で活動を開始しました。 私たちのカイロプラクティック海外ボランティアの噂は、どうやら風のように近隣の村まで広がっていたようです。「日本からドクターが来ている」と聞きつけた患者さんたちが、朝からひっきりなしに訪れました。

私と同行している大門君の二人で治療にあたりましたが、気づけば時計は午後1時を回っていました。何人を診たのか数える暇もないほど、とにかく目の前の患者さんの痛みに向き合い続けました。

祈りの儀式、そして再び治療へ

午後は、予定通り出家式(シンブリュ)が執り行われました。 これから仏門に入る小僧さんたち(沙弥)への寄付を行いました。私と大門君、そして現地のサインさんの3人で、一人ひとりの小僧さんへ手渡しで寄付をさせていただきました。厳かな儀式に心洗われるひとときでした。

式が終わると、息つく間もなくボランティア治療の再開です。 噂を聞きつけた村人の列はさらに伸びていました。すべての治療を終えたのは、日がすっかり落ちた午後7時。 瞑想センターが用意してくれた夕食を頂いたのは、私たちが最後でした。

「場所も環境も関係ない」——海外ボランティアで見えた進化

一日の活動を終えた後、心地よい疲労感の中で大門君が目を輝かせてこう言いました。

「先生、カイロプラクターとしての進化が加速しています」

日本では決して診ることのないような重篤なケースや、設備が整わない環境での治療。それらを目の当たりにし、彼はこう続けます。 「日本では絶対にできない経験で、本当に勉強になります。カイロプラクターとして、ますます自信を持てるようになっています」

この言葉を聞いた瞬間、私は胸が熱くなりました。 これこそが、私が徒手療法大学で伝えたい「地力」であり、カイロプラクティック海外ボランティアを行う真の意義です。

場所も、環境も、設備も関係ない。 確かなカイロプラクティックの技術と、目の前の人を救いたいという情熱さえあれば、私たちは世界のどこにいても、苦しんでいる人を助けることができるのです。

教え子がその真理に気づき、自信を深めていく姿を見ることは、教育者として、また一人の先輩カイロプラクターとして、これ以上ない冥利に尽きます。

明日は「日本の味」を村の人たちへ

明日は少し趣向を変えて、私たちが日本から持参した材料で「カレーライス」を作る予定です。 村の人たちに、日本が誇るカレーの味をぜひ知ってもらいたいと思っています。

もちろん、カイロプラクティック海外ボランティアの活動も続きます。今日の様子を見る限り、明日はさらに多くの患者さんが集まる予感がしています。

技術一つで国境を越え、言葉の壁を超えて心を通わせる。 そんなカイロプラクティックの無限の可能性を、明日も全力で伝えてきたいと思います。

この記事の著者

徒手療法大学の学長、榊原直樹

榊原 直樹(Naoki Sakakibara, D.C., Ph.D.)

徒手療法大学(College of Manual Therapy)学長 米国政府公認ドクター・オブ・カイロプラクティック(カリフォルニア州ライセンス)。 1998年に米国で資格取得後、ロサンゼルスで10年間の臨床経験を積む。帰国後、岐阜大学医学部大学院にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前にて治療院を運営する現役臨床家であると同時に、徒手療法大学の学長として名古屋・神戸・札幌にて後進の育成に尽力している。 2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践しており、心身の相関についても造詣が深い。

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