【記事要約】
今回のミャンマー訪問では、聖地タウンドゥインジーでのボランティア治療やチャンミ長老との謁見を通じ、改めて「カイロプラクティックにおける臨床の直観力」の本質に触れることができました。
言葉の壁がある環境下で、術者は五感を研ぎ澄まし、身体が発する微細なサインを読み取らなければなりません。20年来の習慣であるヴィパッサナー瞑想で培った「客観力」がいかに現場の「直観」を支えるのか。そして、同行した教え子の成長から見た次代への継承について。ノイバイ空港でのフライト待ちの静寂の中で、臨床家・教育者としての原点を綴ります。
今、私はベトナム・ハノイのノイバイ空港にいます。深夜1時発の名古屋行きフライトを待つラウンジの静寂の中で、この数日間の出来事を反芻しています。
今回のミャンマー訪問は、私にとって単なる支援活動を超え、カイロプラクティックの臨床の直観力、そして教育者としての使命を再確認する極めて重要な旅となりました。
1. 信頼が手繰り寄せた「奇跡」とチャンミ長老との謁見
今回の活動のハイライトは、タウンドゥインジー村にあるチャンミ瞑想センターのクリニックにて、カイロプラクティックのボランティア治療を実現できたことです。瞑想界の至宝ともいえるチャンミ長老(サヤド)と初めて謁見する機会にも恵まれました。
長老の前に座したとき、私は身の引き締まるような圧倒的な迫力と同時に、すべてを包み込むような慈悲の温かみを感じました。「たくさんの患者さんを診てくれて、どうもありがとうございました」――長老から直接賜ったその言葉は、私の人生において生涯忘れることのできない響きとなりました。
この奇跡を実現させてくれたのは、現地パートナーのサインさんです。彼の献身的な尽力がなければ、1トンものお米の寄付も、聖地でのボランティア活動も成し遂げることはできませんでした。

2. 言葉の壁を超えて研ぎ澄まされる「臨床の直観力」
今回のボランティア診療を通じて、改めて深く実感したのは「カイロプラクティックにおける臨床の直観力」の重要性です。
同行した大門君が漏らした、「言葉の壁があったからこそ、かえって直観力が研ぎ澄まされた」という言葉は、実に核心を突いています。問診に頼り切れない環境下では、術者は患者さんの身体が発する微細なサイン――筋緊張、呼吸、皮膚の温度、放たれるエネルギー――に全神経を集中させることになります。
この「言葉を超えた対話」こそが、鋭い直観力を養い、的確なアジャストメントへと導くのです。
3. ヴィパッサナー瞑想が支える客観力と直観
2000年から欠かさず続けているヴィパッサナー瞑想は、私の臨床現場における最大の土台です。
瞑想によって培われる「客観力(あるがままを観る力)」は、臨床においては迷いのない「直観力」へと姿を変えます。余計な思考や先入観を排し、ただ目の前の身体を客観的に観察する。その静寂の中から、正しい治療の道筋が直観として立ち上がってきます。
言葉の通じないミャンマーの地での治療は、皮肉にもカイロプラクターとしての本能を呼び覚ます、最高の修行の場となりました。
4. 次代を担うカイロプラクターの進化
教育者として何より嬉しかったのは、教え子である大門君の成長です。二度目の参加となった彼は、「前回は右も左もわからなかったが、今回はカイロプラクターとして進化している確かな手応えがある」と語ってくれました。
混沌とした現場で自らの腕を信じ、臨床の直観力を使いこなしていく。彼が見せたその姿こそが、わが徒手療法大学が目指す教育の正解であると確信しています。

結びに代えて:名古屋の臨床現場へ
治療を終えた村人たちが痛みから解放されて見せてくれた満面の笑顔は、私にとって至上の報酬でした。
私は間もなく、日本の地を踏みます。名古屋の患者さん、サインさん、チャンミ長老、そして共に歩んだ大門君。すべてのご縁に深く感謝し、ミャンマーの風と掌に残る確かな感触を携えて、再び名古屋の臨床と教育の現場に立ちたいと思います。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。