【前回のあらまし】
ロサンゼルスの厨房で幕の内弁当を作っていた日常から一転、我々はラスベガスのカジノにいた。同行した仲間がブラックジャックで400ドルの大勝負に出た瞬間、カジノマネージャーが突如介入。「残りのカード枚数が少ない」という理不尽な理由でベットを100ドルに制限されてしまう。
結果的に勝負には見事勝利したものの、巨大カジノの絶対的な権力にやり場のない悔しさを味わうことになった。そして午後2時。私は静かなミニマムベット5ドルのテーブルへと席を移し、自ら「ある実験」を開始することになる。
▶︎ 前回の詳しいエピソードはこちら:
ブラックジャックでの熱狂と巨大カジノの理不尽なルール
ギャンブルと人生の共通点:どちらにも存在する「ツキの流れ」

ギャンブルにおける勝敗と、私たちの人生。この2つには明確な共通点が存在する。それは、実力や戦略もさることながら、どちらも「ツキの流れ」に大きく影響されるということだ。そしてこの流れには、必ず浮き沈みが存在する。
これは、私たちの人生を考えてみてもよくわかるだろう。何をやっても全てがうまくいく「満ち潮」のような時期もあれば、どれだけ努力しても思い通りにならない「引き潮」の時期もある。しかし、人は往々にして、思い通りにならない時期ほど無駄にもがいてしまう。失ったものを取り返そうと焦り、さらに深い泥沼へと足を踏み入れてしまうのだ。
私がこのブラックジャックのテーブルで試したかったのは、「果たして、このツキの流れを読むことができるのか?」ということだった。
人生という大きな時間の枠組みの中に波があるように、テーブル上の短時間のゲームにも、必ず小さな浮き沈みのサイクルが存在するはずだと思ったのだ。もしその流れを読むことができれば、ツキが来ている時に大きくベットし、流れが去った時には小さくベットしてひたすら耐え凌ぐことができる。
波を読むための「2つの鉄則」
この実験を成立させるためには、絶対に守るべき2つの鉄則があった。
一つ目は、「流れが来ていないからといって、決して途中でやめないこと」。
苦しい時間に席を立ってしまえば、せっかく掴みかけていたツキのサイクルを逃し、またゼロから波を読み直さなければならなくなるからだ。
二つ目は、「同じテーブルでベットし続けること」。
環境を変えずに同じ条件でプレイし続けることで、ノイズに惑わされることなく、純粋なツキの流れだけを定点観測することができると考えたのだ。
潮の満ち引きと、10時間のタイムスリップ

私はミニマムベットの5ドルチップを置き、静かに実験をスタートさせた。
ただひたすらに、自分に流れが来ているかどうかだけを意識し、淡々とゲームを進めていく。勝ったり負けたりを繰り返しながら、1時間ほどが経過した頃だろうか。次第に、自分が勝つ場面が連続し始めていることに気がついた。
「もしかしたら、流れがこちらに向いているのではないか?」
そう感じた私は、ベットを5ドルから10ドルへと引き上げて勝負に出た。明らかに波が来ている。そう確信したタイミングで、さらに20ドルへとベットを倍増させた。
しかし、良い時間は永遠には続かない。ふとした瞬間に負けが先行し始めたのだ。流れがまた入れ替わったサインだった。私はすかさず、再びミニマムベットの5ドルに落としてゲームを続行した。
これを繰り返すうちに、一つの明確な法則が見えてきた。ツキの流れは、まるで「潮の満ち引き」のように、規則正しく行ったり来たりを繰り返しているのだ。私は完全にその波と同調し、深い集中状態に入り込んでいた。
「……おい、そろそろ帰らないと明日の弁当の仕込みに遅れるぞ」
一緒に来ていた仲間の声で、私はハッと我に返った。
時計を見て驚愕した。なんと、ブラックジャックをスタートしてから、すでに10時間もの時間が経過していたのだ。その間、私は水一滴飲まず、食事もとらず、ただひたすらにカードと波に向き合い続けていたことになる。
テーブルで得た、一生モノの教訓

名残惜しさはあったが、私はそこで潔くブラックジャックのテーブルから離れた。我々には、ロサンゼルスに戻って幕の内弁当を作るという現実の生活が待っていたからだ。
しかし、この検証実験は、私にあまりにも大きな学びをもたらしてくれた。世間でよく言われる「人生の浮き沈み」というものを、わずか10時間という凝縮された時間のなかで、文字通り肌で体感することができたのだ。
耐え忍ぶべき時にじっと耐え、勝負どころで確実に前に出る。このラスベガスで学んだ感覚は、その後の人生における数々の困難や決断の局面において、今でも確実に活き続けている。
そして不思議なことに、この時の熱狂が、私の人生における「最後のギャンブル」になろうとは、当時の私には知る由もなかった。
その理由については、また機会を改めてお話ししたいと思う。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。