【前回のあらまし】
過酷なカリキュラムが待ち受けるアメリカのカイロプラクティック大学、クリーブランド・カイロプラクティック・カレッジ(ロサンゼルス校)の初日。100名のアメリカ人学生を前に、私は腹の底から声を絞り出し、堂々と「メキシコなまりの英語」で自己紹介をやってのけた。しかし、本当の衝撃はその直後に待っていたのだった。
前回記事:【学長コラム】私の原点(19) アメリカのカイロプラクティック大学へ入学:過酷なカリキュラムと波乱のオリエンテーション
アメリカのカイロプラクティック大学トップが魅せた「神業」
1時間近くにおよんだ新入生100名全員の自己紹介が、ようやく終わった直後のことである。
壇上の学長、ドクター・クリーブランド三世が突如、最初に自己紹介をした学生をビシッと指さし、こう言い放ったのだ。
「君の名前は確か……デイビッド・スミス」
なんと、大正解である。1時間前に一度聞いたきりの名前を正確に言い当てられ、指名された本人は目を丸くして驚いている。
しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。学長は次に、その後ろに座っている学生の名前を言い当てた。そして、さらにその後ろの学生も。
そう、彼は1時間かけて行われた100名全員の顔と名前を、その場ですべて記憶していたのだ。これには、ただただ度肝を抜かれてしまった。
沈黙に包まれた教室、そして日本人留学生の番へ
次々と名前が的中していく中、私はふと冷静になり、ある考えに行き着いた。
「アメリカ人の名前なら、彼ら自身にとって馴染みがあるから正確に覚えられているのかもしれない。だが、まさか日本人の名前まで記憶しているだろうか?」
私の苗字は「SAKAKIBARA」。アメリカ人にとって発音すら難しいこの名前を、たった1回聞いただけで記憶しているとは到底思えなかった。
そうこうしているうちに、学長は私の目の前に座っているアメリカ人学生の名前を、いともたやすく言い当てた。
いよいよ、私の番である。
おそらく、周囲に座るアメリカ人学生たちも私と同じように考えていたに違いない。「さすがの学長も、この日本人の難解な名前は正確に覚えていないだろう」と。
ドクター・クリーブランド三世の視線が、私を捉えた。その瞬間、少しだけ「間」が空いた。
(やっぱり、難しいかな……)
私が内心そう思った直後、彼はまずファーストネームを口にした。
「NAOKI」
見事に言い当てた。しかし、問題はここからだ。鬼門の「苗字」が控えている。教室中は水を打ったように静まり返り、クラスメイト全員が「学長は間違えるのではないか」と、どこか期待すら混じったような面持ちで固唾をのんで見守っていた。
静寂の中、学長が口を開いた。
「あなたの苗字は……SAKA……SAKAKIBARA」
そして、私に向かって「これで合っているか?」と目で問いかけるようなジェスチャーをした。私は即座に、力強くサムズアップのサインを送った。
その瞬間である。
「おおぉぉっ!!」
教室中から、地鳴りのような「どよめき」が沸き起こったのだ。まさか、1時間前に1回聞いただけの異国の学生のフルネームを、正確に記憶しているなんて。
この衝撃は、アメリカのカイロプラクティック大学で待ち受ける大いなる伏線に過ぎなかった
その後もドクター・クリーブランド三世の快進撃は止まらず、最終的に100名の学生全員の名前を誰一人として間違えることなく完璧に言い当ててみせた。
この強烈な一件のお陰か、あるいはあの「メキシコなまりの堂々たる自己紹介」の相乗効果か、私の「SAKAKIBARA」という苗字は、アメリカのカイロプラクティック大学入学初日にして、クラス中で最も有名な名前となったのだった。
「自分がいかに優秀であるかを世間にアピールできなければならない」と語った学長自身が、その圧倒的な記憶力とパフォーマンスで、私たち新入生の心を完全に鷲掴みにした瞬間だった。
しかし、実はこの話には、まだ続きがある。
このオリエンテーションでの衝撃的な出来事は、後に起こる「ある出来事」の、単なる伏線に過ぎなかったのだ。果たして、この見事な記憶力がどんなドラマを生むのか。その真相は、また次回にお話ししよう。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。