【学長コラム】私の原点(25) 教会への営業と美味しい日本食——ノルマ達成への次なる一手
【前回までのあらすじ】 アメリカのカイロプラクティック大学(クリーブランドカイロプラクティックカレッジ)へ留学した私を最初に苦しめたのは「英語の壁」でした。入学当初は必死にクラスメートにノートを借りる日々でしたが、1年半後にはアメリカ人の同級生から「ノートを貸してくれ」と頼まれるまでに成長。そしていよいよ最終学年。白衣をまとうインターンシップが始まり充実した日々を送っていましたが、そこで次なる「大 […]
【前回までのあらすじ】 アメリカのカイロプラクティック大学(クリーブランドカイロプラクティックカレッジ)へ留学した私を最初に苦しめたのは「英語の壁」でした。入学当初は必死にクラスメートにノートを借りる日々でしたが、1年半後にはアメリカ人の同級生から「ノートを貸してくれ」と頼まれるまでに成長。そしていよいよ最終学年。白衣をまとうインターンシップが始まり充実した日々を送っていましたが、そこで次なる「大 […]
▼ 前回のあらすじ 前回の記事はこちら カイロプラクティック大学留学体験談の前回は、クリーブランドカイロプラクティックカレッジでの日々を振り返った。入学直後、英語の壁に阻まれ、毎日のようにクラスメートのノートを借り続けた私。しかし1年半後、今度はアメリカ人のクラスメートが私のノートを借りに来る——立場は完全に逆転していた。 そして最終学年のインターンシップが始まり、白衣をまとってキャンパスを歩くよ […]
前回のあらまし ロサンゼルスのクリーブランド・カイロプラクティック・カレッジに入学した私を最初に襲ったのは、「英語で学ぶ基礎医学」という二重の壁でした。指定教科書もなく、板書もしない講師が20科目以上を口頭で講義するスタイルに、ノートはほぼ白紙のまま。そんな絶望的な日々の中で唯一の救いとなったのが、メキシコ出身のドクター・チャベスによる解剖学の授業でした。渡米前に耳を慣らしていたメキシコ訛りの英語 […]
【この記事の要約】 アメリカのカイロプラクティック大学に入学して最初に立ちはだかったのは、専門的な「基礎医学」と「英語」の分厚い壁でした。教科書もなく、板書さえしない過酷な授業スタイルにノートは白紙のまま。絶望的な状況の中で私を救ってくれたのは、意外な理由から言葉が完璧に聞き取れた、メキシコ出身の解剖学の恩師でした。本場のD.C.プログラムの厳しいリアルと、異国の地での心温まるエピソードを振り返り […]
【前回のあらまし】 過酷なカリキュラムが待ち受けるアメリカのカイロプラクティック大学、クリーブランド・カイロプラクティック・カレッジ(ロサンゼルス校)の初日。100名のアメリカ人学生を前に、私は腹の底から声を絞り出し、堂々と「メキシコなまりの英語」で自己紹介をやってのけた。しかし、本当の衝撃はその直後に待っていたのだった。 前回記事:【学長コラム】私の原点(19) アメリカのカイロプラクティック大 […]
【前回のあらまし】 ドクター・ヤマダの力強い後押しを受け、重い腰を上げた私は、クリーブランド・カイロプラクティック・カレッジのアドミッションオフィスへ。最大の壁は「日本の大学で取得した単位のアメリカ基準での再評価」だったが、旧友の協力もあって無事に100%認められ、面接もあっけなくクリア。渡米から約1年後の1993年5月、ついに念願の入学許可を手にしたのだった。 前回記事:【学長コラム】私の原点( […]
【前回のあらまし】 渡米後、ロサンゼルスでの弁当配達や語学学校通いという充実した日々にすっかり馴染み、人生の「凪」とも言えるコンフォートゾーンにいた私。ある日、配達途中で偶然見つけた日系人カイロプラクター、ドクター・ヤマダのクリニックへ飛び込む。最初は冷たくあしらわれたものの、「カイロプラクターになるために日本から来た」という熱意を真っ直ぐに伝えた瞬間、彼の態度は一変。アメリカでの現状を教わり、さ […]
【前回のあらすじ】 前回のコラムでは、ラスベガスのカジノでの体験を通じて、ギャンブルと人生の双方に存在する「ツキの流れ」について触れた。10時間ぶっ通しでブラックジャックのテーブルに座り続け、波を定点観測する検証実験を実施。「波が引いている時はじっと耐え、波が来た瞬間に大きく勝負に出る」という鉄則を文字通り肌で学んだ。しかし不思議なことに、この極限の集中を伴う熱狂的な体験が、結果的に私の人生におけ […]
【前回のあらすじ】 早朝までロサンゼルスの厨房で幕の内弁当を作っていた我々は、そのまま欲望の街・ラスベガスへと直行した。巨大なカジノに到着するやいなや、ブラックジャックのテーブルに座った連れは次々と勝ちを重ねていく。そしてついに、幾重にも見物人が群がる熱狂の中、手元の400ドルを一度にベットするという大勝負に出たのだった……。 >前回のコラム:【学長コラム 私の原点(14)】 ディーラーから渡され […]
【前回のあらまし】 念願のマイカーを破格の500ドルで手に入れ、ロサンゼルスで「日系企業への弁当配送」のアルバイトをスタートさせた私。しかしその実態は、毎朝3時に自宅を出発して100km先の厨房へ向かい、100個以上の弁当を仕込んだ後、見知らぬオフィスへ自らの足で売り込みに行くという過酷な「飛び込み営業」でした。それでも度胸と熱意で道を切り開き、コンスタントに売り上げを伸ばせるようになって数ヶ月後 […]