【学長コラム】私の原点(13)〜アメリカ留学サバイバル。過酷な弁当配達とロサンゼルスでの飛び込み営業〜

【前回のあらまし】
お金をかけずにロサンゼルスでの留学生活を満喫していた私は、リトル東京の日系スーパーで見つけた「弁当配送」のアルバイトに応募。必須条件である「車」を持っていなかったものの、レンタカーで初日の朝4時に現場へ直行しました。そこで「帰国するスタッフから車を安く譲ってもらう」という密かな計画が見事に的中し、破格の500ドルで念願のマイカーをゲット!無事に足を手に入れ、あとはお弁当を配達するだけ……と思いきや、その実態は想像を絶するものだったのです。

いよいよ念願のマイカー(しかも500ドルの破格!)を手に入れ、スタートさせた「日系企業への弁当配送」のアルバイト。皆さんは、注文を受けたお弁当をお昼前にオフィスへ届けるだけの仕事だと思いませんか?
しかし実情は、ロサンゼルスを舞台にした過酷な飛び込み営業サバイバルだったのです。

朝3時出発!フリーウェイを時速100kmで駆け抜ける過酷な通勤

1990年代の車で、深夜3時17分にロサンゼルスのフリーウェイ「405 SOUTH」を運転し、飛び込み営業へ向かう視点の写真。

まず、職場のロケーションです。アルバイト先は、私が住んでいたノースリッジから車で南に向かって約1時間かかる場所にありました。「車で1時間なら大したことないのでは?」と思うかもしれませんが、ここはアメリカです。フリーウェイに乗って1時間ということは、ざっと100kmの道のりなのです。

アルバイトの開始時間はなんと朝の4時。つまり、自宅を夜中の3時前には出発しなければ間に合いません。
現場に到着すると、まずはひたすら弁当作りから始まります。幕の内弁当、焼きそば、チャーハン、そして各種お惣菜……。弁当の盛り付けから仕込みまで、やることは山のようにありました。

特にメインとなる幕の内弁当は、配達員1人が20〜30個を持っていくため、私たち5人のアルバイトで100個以上作る必要がありました。早朝の厨房で、5人の男たちが分担して黙々と作業をこなしていきます。すべての準備が整う頃には、開始からすでに4時間が経過していました。

ただの配達じゃない!?ロサンゼルスでまさかの「飛び込み営業」サバイバル

朝8時。出来上がった大量の弁当を車に積み込み、いよいよ各自の担当エリアへと向かいます。
ここで、衝撃の事実をお話しします。実はこの弁当、事前に注文を受けて配達するわけではなかったのです。日系企業や事務所を回り、頼まれてもいない弁当を売りに行くという、まさかの「飛び込み営業」でした。

いくつかのお得意先はあったものの、それだけでは1日の目標である「売り上げ100ドル」には到底届きません。目標を達成するためには、自らの足で新規開拓をするしかなかったのです。アメリカに留学してきて、まさか弁当の飛び込み営業をやることになるとは夢にも思いませんでした。

私の担当エリアは「トーランス」でした。ここはトヨタや日産、ソニーといった日本を代表する企業のオフィスが集結しており、日系の個人事務所も数多く存在している地域です。営業先となるターゲットには事欠きません。
しかし、見ず知らずの20代の若者が突然オフィスにやってきて「お弁当を買ってください!」と言ったところで、当然ながら最初は警戒されます。簡単には買ってもらえませんでした。

度胸と地力を鍛えた日々、そして思わぬ副産物

現代のカイロプラクティック院で施術する日本人院長と、過去にロサンゼルスで弁当の飛び込み営業をしていた若い頃の泥臭い経験を重ね合わせた多重露光写真。

それでも諦めずに何度も同じオフィスへ足を運んでいるうちに、顔を覚えてもらい、少しずつ弁当を買ってくれるようになりました。さらには、「あそこの事務所も日系だよ」と、そこからの繋がりで他の企業を紹介してもらえるようになり、徐々に私のコネクションは広がっていったのです。

この時の「自分の足と熱意で道を切り開く」という経験が、どれほど私の度胸と地力を養ってくれたことか。後々、カイロプラクターとして独立開業した際に、この時の泥臭い経験がこれほどまでに活きることになるとは、当時は知る由もありませんでした。

営業の甲斐あって、私の1日の売り上げはすぐにコンスタントに100ドルを超えるようになりました。多い日には150ドルを売り上げることもありました。
実はこのアルバイト、1日の売り上げが120ドルを超えた分は、すべて自分の取り分(インセンティブ)になるという歩合制の決まりがあったのです。いかにして売り上げを伸ばし、自分の稼ぎを増やすか。私は毎日、車の中で試行錯誤を繰り返していました。

ちなみに、売れ残った弁当は基本的に廃棄処分となるのですが、当然ながら持ち帰って自分用に食べることも許されていました。おかげで日々の食費は完全に浮き、稼いだお金のほとんどを貯金に回すことができたのは、留学生にとってこの上ないメリットでした。

突然の反逆!?真夜中の厨房でぶち上がった「ある計画」

ロサンゼルス厨房。疲弊した日本人男性が做りかけの幕の内弁当を垃圾袋へ投げ入れ、驚く同僚が見つめる。ロサンゼルスでの飛び込み営業の過酷な準備作業の一端。

弁当配達(という名の営業)のバイトを開始して数ヶ月。仕事のペースにもすっかり慣れ、順調に日々を過ごしていた頃のことです。

いつものように朝4時から厨房に立ち、黙々と弁当の仕込みをしていた時でした。バイト仲間の1人が、ふと口を開きました。
「……今日は何だか、かったるいですねぇ」

最初はただの独り言だと思って聞いていました。しかし、どうやら彼は他のメンバーに同意を求めているような、妙な雰囲気を漂わせていたのです。すると、その空気に伝染したのか、他のバイトたちも次第に同調するような空気になっていきました。

その直後です。
最初に「かったるい」と言い出した彼が、おもむろに真っ黒なゴミ袋を取り出すと、あろうことか、自分が作りかけていた幕の内弁当を無造作にその中へ放り投げ始めたのです!

あっけにとられる私たち。しかし、そこから我々5人のアルバイトは結託し、とんでもない「ある計画」をぶち上げることになるのです。

気になる続きは、次回へ!

榊原直樹

この記事を書いた人:榊原 直樹

徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)

1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。

名古屋・神戸・札幌のカイロプラクティックスクール|徒手療法大学ではカイロプラクティックを学びたいという将来のカイロプラクターを募集中です。

ロサンゼルスでの飛び込み営業で日系企業のオフィスを訪れ、幕の内弁当を差し出す日本人留学生
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