【前回のあらすじ】
早朝までロサンゼルスの厨房で幕の内弁当を作っていた我々は、そのまま欲望の街・ラスベガスへと直行した。巨大なカジノに到着するやいなや、ブラックジャックのテーブルに座った連れは次々と勝ちを重ねていく。そしてついに、幾重にも見物人が群がる熱狂の中、手元の400ドルを一度にベットするという大勝負に出たのだった……。
>前回のコラム:【学長コラム 私の原点(14)】

ディーラーから渡された400ドルを、彼はそのままテーブルに押し出した。この瞬間、すでに幾重にも集まっていた見物人から驚きの歓声が上がった。
それを見ていた私は、大金を失う恐怖よりも、彼の特攻隊のような度胸に感動し、もはや勝ち負けなどどうでもよくなっていた。ただ、その場のヒリヒリするような空気感に痺れていたのだ。
今朝までロサンゼルスの厨房で幕の内弁当を作っていた我々が、今はラスベガスでギャンブルをしている。この強烈な落差を噛みしめたとき、なんだか「生きている実感」が心の底から湧き上がってきた。あの頃の光景と体の奥底が熱くなるような感覚は、今でも生々しいくらいに蘇ってくる。
カジノマネージャーの乱入と、理不尽なルールの押し付け
話をブラックジャックに戻そう。
観衆から歓声が上がって数秒後、高そうなスーツを身にまとい、顎髭を蓄えたやけに体格の良い、いかにもアメリカ人といった風貌の男が駆け足でやってきた。カジノのマネージャーらしき人物だということは、すぐにわかった。
彼はテーブルのディーラーに何やら耳打ちをしている。どうやら、この400ドルの大勝負に物言いをつけているようだった。
二言、三言交わした後、ディーラーが我々に告げた。
「このゲームに400ドルをベットすることはできない」
このテーブルのミニマムベットは5ドルだ。「5ドル以上なら問題ないはずだ」と我々が主張すると、「残りのカード枚数が少ないから400ドルはだめだ」と、明らかにいちゃもんをつけてきたのだ。そんなルール、聞いたこともない。
巨大カジノの絶対的な権力とやり場のない悔しさ
異国の巨大なカジノにおいて、彼らのルールは絶対だった。我々の抗議が届くはずもなく、無言でその理不尽な要求を飲むしかなかった。
テーブルの中央に誇らしく積まれた400ドルのチップを、自らの手でゆっくりと引き戻す。そして、代わりに置いた100ドルのチップ。周囲の喧騒は何も変わらないのに、自分たちの周りだけがひどく冷めきっていくような、やり場のない悔しさだけが残った。
(先ほどまでのピリピリした最高の空気感に水を差しやがって!)と内心ひどく落胆したが、気を取り直して、この勝負の行方を見守ることにした。
結果はどうだったと思いますか?
そう、彼はこの勝負も見事にものにしたのだ。
ギャンブルに「たられば」はご法度だが、「もし400ドル賭けられていたら……」と考えるとたまらなく悔しい。だから、なるべくそのことは考えないようにした。

次なる舞台、ブラックジャックのテーブルでの「ある実験」
その後、私は2人しか座っていない別のテーブルを見つけ、自らもブラックジャックの席についた。もちろん、ミニマムベット5ドルのテーブルである。
現在時刻は午後2時。この時、私はふとある妙案を思いついた。
ブラックジャックのテーブルで、「ある実験」をしてみようと考えたのだ。
その実験の全貌については……次回のお楽しみとしよう。

この記事を書いた人:榊原 直樹
徒手療法大学 学長 / 米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック (DC) / 医学博士 (PhD)
1998年に米国カリフォルニア州でDCライセンスを取得し、ロサンゼルスで10年間臨床に従事。帰国後、岐阜大学医学部にてスポーツ医学の医学博士号を取得。現在は名古屋駅前での臨床の傍ら、徒手療法大学(名古屋・神戸・札幌)の学長として後進の育成に尽力している。
2000年よりヴィパッサナー瞑想を実践し、毎日の瞑想を日課とする。心身両面からのアプローチを探求し続けている。